送り犬
2018年7月12日
『送り犬』全ルートクリア後の感想です。
飯島多紀哉氏といえば80年代後半からゲーム業界の第一線で活躍するクリエイターですが、『送り犬』のような所謂「サウンドノベル」というジャンルのシナリオライターとしても評価が高く、中でも飯島氏自ら原作・脚本/監督・総指揮をした『学校であった怖い話』(SFC、1995年)は名作。
2006年にPS2で『四八(仮)』を手掛けた後に一線から退いたものの執筆や同人ゲーム制作を続け、今作『送り犬』もそういったインディー活動から生まれた作品。同人ゲームを原作とする作品にいくつかの追加シナリオを加えたものが今回のswitch版です。
送り犬とは
ゲームを始めるとメインキャラクターの一人である財部美穂(たからべみほ)から「おばあちゃんに聞いた話」だという送り犬の説明がされます。
オリジナルの都市伝説かな?と思ってしまいましたが、調べてみると実際に日本の民間伝承の中に存在する妖怪でした。
夜の山道を一人で歩いていると後ろからついてくる犬の妖怪で、「転んでしまうと犬の大群がやってきて喰われてしまう」というような話。上のセリフのように、もしも転んでしまっても座って一休みするのだという事を口に出して言えば助かるそうです。
絶滅してしまったニホンオオカミ伝承の一つと考えると非常に興味深い妖怪ですが、ゲーム内ではそういったアカデミックな話は蘊蓄としても出てきません。
今作での送り犬という存在は、伝承というよりは現代的な「呪い」や、人間同士の「疑心暗鬼」というテーマに的を絞ったものが主軸に置かれています。
薄味だがわかりやすくバラエティに富む
今作には多くのルートとエンディングが用意されています。分岐ルートこそ表示されませんが、複数セーブや既読スキップなどでかなり快適に遊べます。
本筋のストーリーというものも存在しますが、本格的なホラーを望むユーザーの期待には応えられないでしょう。どの話も数ある分岐の一つでしかなく、大風呂敷をそもそも広げていないしメタフィクションも皆無。
これはSFCや初代PSで数多く見られたサウンドノベルの形態で、『ひぐらしのなく頃に』や『シュタインズゲート』などを通過していると物足りなく感じますが、そもそも今作とそれらとはジャンルが違います。
『かまいたちの夜』に代表される初期のサウンドノベルは、一つのシチュエーション(主にホラー・サスペンス)の中で様々なジャンル(恋愛・SF・コメディなど)に話が分岐していくのを楽しむものでした。それらを全てザッピングで繋げてしまった『街』という化け物は置いといて、本来サウンドノベルはもっと手軽に活字を読むジャンルとして残っても良かったと思います。
分岐したストーリーが最終的に一つの謎に向かって収束していくというタイプの作品ではありませんが、他のキャラクターの視点からだけでは理解できなかった側面を別のキャラクター目線で次々と見せてくれます。時には犬が主役になることもあり、なかなかにぶっ飛んでいます。
子供向けとして価値のある作品
『HOOKED』というアプリは、LINEのようなチャット形式で進める携帯小説のようなものなのですが、これも基本的なストーリーはホラー・サスペンスで、そこから様々なジャンルを自分で選んで課金するシステム。これがアメリカの十代の子供たちの間でとても流行ったのですが、これなんかは完全に『送り犬』と同じタイプのサウンドノベル。入り口がホラーでも何でも、世界中の子供たちがゲームを通じて活字や様々なジャンルのお話に触れることは素晴らしいと思います。
飯島多紀哉氏の近年の活動を見てみると主に児童向けの作品を多く書いていて、『学校であった怖い話』なんかは全国学校図書館協議会の選定図書にもなっています。
低年齢層ユーザーの多いニンテンドーswitchで低価格で買えるDL専用ゲームとしてサウンドノベルはうってつけだし、そのシナリオライターとして飯島氏ほど適任な人もいないでしょう。結果的に『送り犬』は当初の目標売上を大きく上回り、飯島氏は今後switch専用タイトルを2本準備中だとか。こういった流れが大きくなって今後様々なタイプのサウンドノベルが出てくることを期待しています。