みやび通信

好きなゲームを中心に、様々な文化・エンタメについて書いています。たま~に攻略記事あり。Amazon アソシエイト・プログラム参加者です。

ドキュメンタリー 頭脳警察(映画)

頭脳警察に関連する映像作品はいくつかあるが、現在最もよくまとまっていて手に入りやすい作品がこの『ドキュメンタリー 頭脳警察』だ。
なんせ5時間14分もある超大作である。
自分でも驚いたが、これが不思議とあっという間に見終わってしまった。
3部からなる構成だが、軸として頭脳警察や関連の楽曲が流れるので、記録としてだけでなくミュージックビデオとしての価値も高い。
60年代の終わり、PANTAとTOSHIを中心に結成された頭脳警察だが、初期の活動に関してはどうしても政治的なイメージがつきまとう。
本作を通して見ると、そうしたパブリックイメージに難色を示しながらも、音楽が世界とコミットしていく上で必然的なものであれば全て引き受けざるを得ないという2人の決意と葛藤が見える。
赤軍派にシンパシーをおぼえ、重森房子の面会に行き、彼女の詩に曲を付けていくPANTAの背景として、戦中に従軍看護婦として南方で働き、戦後氷川丸で奇跡的に帰国できた母の姿が重ねられる。
一方TOSHIは作中にも登場する三上寛や遠藤ミチロウなど、同世代のアーティストとの共演を続けていた。
頭脳警察の音楽は、他の同世代のバンドと比べ、様式美を逸脱した混沌に覆われているが、これはTOSHIの演奏によるところが大きい。TOSHIのソロ作や灰野敬二らとのユニット「シノラマ」を聴くと、彼らが世紀をまたいでも色濃く60~70年代の空気を継承しているのがわかる。


「オランダのある学者によると日本の70年代はルネッサンスよりもすごかったっていうことを言ってますね。あの当時アングラから発生した文化っていうのはルネッサンス以上だって外国の学者が言ってるぐらい、まあチャンスだったんですな。それを逃してしまった脱力感というのは非常に大きいと思いますよ。」(三上寛)
 https://www.ele-king.net/interviews/002011/index.php


80年代のPANTAのアルバムを聴くと、過去のイメージを払拭し、よりポピュラーな音楽的広がりを得ようとする試みが見られるが、頭脳警察になるとかつての歌声がいともたやすく蘇る。
演歌も含め、70年代までの日本の歌の中に確かに存在した土着性。
PANTAが何故あの時代にこだわり続けるのか、そしてTOSHIの活動の系譜を辿ることで頭脳警察という稀代のバンドの片鱗を垣間見ることになるだろう。
本作の舞台挨拶(特典映像に収録)でPANTAが「TOSHIのシーンがたくさんあって良かった」と言っていたが、それは本当にそうで、TOSHIの単独ライブにおける盲目の青年とのやり取りは彼の人間性を端的に表していて感動する。
頭脳警察初心者の方には、手始めにこのDVDと、初期のアルバム3枚を推奨したい。

ドキュメンタリー 頭脳警察 [DVD]

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  • PANTA/TOSHI/菊池琢己/中谷宏道/中山努
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路傍のフジイ(kindle)

40代独身の非正規社員である藤井(フジイ)は、一見すると誰からも相手にされない寂しそうな、それこそ路傍の石のように、まるで普通の人間には見えていないに等しい存在。
一方、藤井の同僚で若手社員の田中は自分の生活にモヤモヤを抱え、半ば鬱のような状態になりかけていた。
そんな田中が、偶然会社の外で見かけた藤井のことが妙に気になり、後を付けていったことをきっかけに物語は開かれていく。
ただのノリの悪い中年男性くらいにしか思っていなかった藤井と共に行動することで、それまで見えていなかったモノや事に気が付き、藤井のマイペースな生き方を受け入れ、理解していくことで田中のモヤモヤは徐々に解消されていく。
そこに同僚で元風俗嬢の石川が加わり、三者三様の視点でドラマが展開されていくことになる。
初期のエピソードでは、藤井が東京の人ごみを好んでいたり、現在の生活をためらいもなく「幸せです」と言っていたりするのだが、これは藤井という人間を理解する上で非常に重要。
作中には藤井と同じ属性(独身中年男性)の人物が数名登場するが、大方彼らに共通するのが結婚願望とミソジニーのセットだったりして、藤井とは程遠い存在であることが対比として描かれる。
他にも、藤井と様々なタイプの人物を対比させることで、俗に言う一般的なお決まり、手続き、付き合いなどが、いかに過剰なものであるかが可視化され、田中や石川の抱える悩みが軽くなっていくというのが中盤までの展開。
そこからは藤井の学生時代全般を通して、藤井が知らぬ間に与えた他人への影響が描かれる。
割と多いのは、将来進む道を決めかねている人に自己肯定感を与え、元の目指していた道にスッと戻してあげられるような一言を与える役割で、これが出来るだけで藤井が非凡な才能を持った人間であることがわかる。
他人の幸せを願い、そうした想いを常に持ちながら日々を生きている藤井。
色々な事に興味を持ち、やたらと活動的なので人と出会う確率は高いのだが、なかなか目に付くことはない存在。ただ、藤井を見つけた人はもれなく藤井に惹かれていく。
そう、藤井を見つけられた人は、幸福である。
単にマイペースな人というのもいるが、藤井の場合はちゃんと自分の判断で始めた筋トレを向いていないとわかるなり即やめたり、飲みの二次会を断ったり、行ったとしても居心地が悪ければ申し訳なさそうに切り上げようとする。
よくいる、趣味を大事にして何が何でも家に帰りたがるような人とも全然違うのだ。
感情の出し方がわからず、たまたまマイペースで生きてこられた感がある。ただ、その根底には他者に対する優しさがあり、それは幼少時のエピソードにも表れている。
幼い頃、あまり感情を表に出さない藤井を両親は心配していたが、ある日父と公園に行ったとき、自分よりも小さい子供を当たり前のように助ける藤井を見て「あの子は、大丈夫だ」と両親共に確信するシーンは感動的だ。人格者である両親の承認の元で暮らしてきたからこそ、藤井のあの性格は守られてきた。それは本当に、奇跡のようなことだと思える。
終盤、そんな両親のことを想い、あっさりと東京を離れることを決める藤井に周囲は混乱するが、それが単なる一貫性のようなものではなく、藤井なりの悲哀が滲み出ているところが本当に良く描けていて、素晴らしい。
この漫画、文字はそれほど多くなく、風景のコマがやたらと多い作品なのだが、丁寧に描き込まれた無言の風景がきちんと物語を語り、状況説明の役割をも十二分に果たしていて、久しぶりに漫画らしい漫画を読んだなあという満足感があった。

路傍のフジイ(2) (ビッグコミックス)

路傍のフジイ(3) (ビッグコミックス)

路傍のフジイ(4) (ビッグコミックス)

路傍のフジイ(5) (ビッグコミックス)

路傍のフジイ(6) (ビッグコミックス)

路傍のフジイ (7)

ちいかわぽけっと(スマホアプリ)

ちいかわぽけっと
株式会社アプリボット
2025年3月27日
iOS、Android


2025年の配信時には批判的な意見ばかりが目立った『ちいかわぽけっと(ちいぽけ)』ですが、1年以上が経過した現在ではどんな感じになっているのか、実際にプレイしてみました。

 

討伐や草むしりなど、原作通りのちいかわたちの日常が体験できるという意味ではなかなか良く出来たゲームだと思います。
不評だった課金要素ですが、残念ながら現在も盛りだくさんで、何をするにも広告動画の視聴が強要されるのでスキップするためには課金アイテムを買うしかありません。
ただ、ある程度広告を見続けていくとスキップアイテムを無料で手に入れることができるようになります。
とはいえ、一定の時間が経つと広告復活。
死んだような目で動画を見続けていくと、また消えました。
それからは何故かずっと(2か月以上)広告なしでプレイ出来ています。
一体いつどこで何の条件を満たしたのかよくわかりませんが、無課金でプレイしている限りずっと広告を見続けなければならないというわけではないようです。
体感的には1週間くらいで広告が解除されたような感じだったので、そこを乗り越えればストレスのないゲームプレイが楽しめます。

 

課金要素で割と高額なのが「衣装」です。
衣装というのは使用しているキャラの着せ替えではなく、衣装を着た新しいキャラが手に入るというもの。ただ、様々な衣装を着た同一キャラをパーティーに加えることは出来ず、例えば「ハチワレ」だったら、いろんな衣装のハチワレを手に入れても討伐メンバーには一種類のハチワレしか加えられず、育成も個別にしなければなりません。
育成アイテムはレアなのでなかなか手に入りませんが、衣装も無課金だと定期的に開催されるイベントくらいでしか手に入らないのでちょうど良いバランス。

 

イベントは最近だと映画関連のものが開催されていて、映画の衣装が一つ無料で配られたり、セイレーンとのバトルを楽しむことができるようになりました。

 

この映画イベントと同時に行われた大型アップデートで「小さいおうち」が実装。
小さいおうちはちいかわにご飯を食べさせたり、お風呂に入れたりなどのお世話の他、着替えや家具の配置などを楽しめるドールハウス的なものとなっています。

 

原作に出てくるアイテムやキャラクター、さらにはイラストの閲覧など、ファンならば絶対楽しめる要素満載の本作ですが、ちいかわの世界観同様、基本的には単調な日常シムなので自分なりの楽しみ方を見つけるとより長く遊べるかと思います。
課金要素の大半は、あくまでもそこに彩を添えるためのものでしかなく、全体的には割と良心的な作りだと思います(無料ガチャも1日3回引ける)。
原作では直接戦わなかった「危ないヤツ」や「でかつよ」を討伐できるのも意外性があって良かったです。

 

©nagano / chiikawa committee Developed by Applibot, Inc.

わたしたちが光の速さで進めないなら(kindle)

本作は韓国の若い作家によるSF小説で、7つの短編を収録。
表題の『わたしたちが光の速さで進めないなら』は、廃墟となった宇宙ステーションが舞台。
そこで小さな自家用宇宙船を停泊させ、何かを待ち続けている老女と、立ち退きをさせるためにやって来た若い男性職員の会話により物語は進んでいく。
老女の名はアンナといい、かつてはワープ航法で活用されるコールドスリープの研究における第一人者であった。
ワープ航法は人工的に設定された場所と場所を行き来する移動方法なのだが、宇宙の中に自然発生するワームホールが発見されると、人類の移動方法はそれに取って代わられることに。
莫大な費用の掛かるワープ航法は徐々に廃止されていくことになったが、アンナは夫と子供をワープ航法で繋がる惑星に先に行かせ、自分は今の研究を終えてから向かう予定だった。
ところが、研究の発表会が長引いたことにより、アンナはひとり地球に取り残されてしまう。


「わたしたちが光の速さで進めないのなら、同じ宇宙にいるということにいったいなんの意味があるだろう? わたしたちがいくら宇宙を開拓して、人類の外縁を押し広げていったとしても、そこにいつも、こうして取り残される人々が新たに生まれるのだとしたら……」


そうしてアンナは小さく古びた宇宙船に乗り込み、決して辿り着くことのない遠い惑星へと旅立っていく。
出来ることが増えると、それによってできないことが生まれてしまう。本作からは、そこに置いていかれる人や歴史に対する慈しみの眼差しが感じられる。
それは他の短編にも顕著で、新しい技術によって忘れられてしまうものや、科学と人類の距離感をテーマとし、そこに生まれる独特な感情が表現されているのだが、それらは決して未知の感覚だけでなく、どこか懐かしさを感じさせるものが多い。
そんな中で『共生仮説』という短編は少し異色ではあるが、前世記憶と人類の善性をSF的な想像力で繋いでいて面白い。
他にも女性性や家族、感情操作など、全体的にはSFというテーマの中で様々な想いを喚起させる幅の広い作品集となっている。
表紙のイラストから日本のインディゲーム『ファミレスを享受せよ』を連想したが、両作品のテイストに共通するものを感じられたので、本作のファンにもお薦めしたい。

 

『ファミレスを享受せよ』PCで遊べる無料版⇩

oissisui.itch.io

名前のない病気 4(kindle)

凄まじい。
正直言うと、1~3巻までの展開にはこの作品が持つ根本的な危うさに対し、一体どう受け止めるべきか考えあぐねていた。
作者が出演したYouTubeチャンネル「街録ch〜あなたの人生、教えて下さい〜」を見ても、あのような不安定な状態にある人物に現在進行形の家族問題をありのまま描かせ続ける事に疑問を感じていた。
そうして発売された最終巻は、作者が深刻な鬱状態になり、この連載を休止するところから始まる。
休業中、兄とのつたない思い出を手繰り寄せるも、思うような話の帰結には辿り着けない。
心療内科で診てもらうと、案の定鬱症状であると診断される。
医者から「あなたの人生を話して欲しい」と言われ、とてもまともだとは言えない生い立ちを話すも、返ってきた言葉は「あなたの人生は「普通」です。」という意外なものだった。
そこからの展開は、実家へ赴き長男と会い、食事の約束を交わすだけの単調なものなのだが、この後半部分の描写には目を見張るものがある。
陳腐な言い回しになるが、ひとコマひとコマに魂が籠っているかのような迫力があるのだ。
これまでピントがぼけていた風景や言葉の解像度が上がり、両親を含む家族一人一人の人生が細い糸で繋がっていく。
そうした作者の実感が、実家の窓から見えた景色と、長男との食事シーンだけで完璧に表現されていて、圧巻。
作中の編集者との会話シーンでも語られているが、この漫画のラストは当初予定したものと大幅に変えられたのだという。
一時休載は、この作品を完成させるために必要だったのだと思わずにはいられない。
これは、紛れもない傑作だ。

私の両親は、隔週末になると祖母の家に行き、祖母を買い物に連れていった。
父が亡くなってからも、祖母とは血の繋がらない母が月に一度の頻度で訪問し、世話を焼いていた。若い頃の祖母は気性が荒く、母を含む3人の息子の嫁たちをいじめていたという。それに耐えかねて息子夫婦たちは皆出ていってしまったのだが、祖父が亡くなってからは息子たちが入れ代わり立ち代わり祖母の家を訪れ、亡くなるその日まで面倒を見続けた。
孫には優しい祖母だったが、母からは「おばあちゃん、昔は本当にひどかったんだから...」という話を何度も聞かされた。
私の父は次男だったが、祖母は長男だけを可愛がり、下の子供たちに母親らしいことは何もしてくれなかったという。
それでも、行っていたのだ。
祖母も両親も既に亡くなってしまったが、私は歳を取るにつれ両親への尊敬の気持ちが高まっていった。
周りをよく見わたすと、そのような家族は意外と多くいることがわかった。
彼らの歴史や、過去にあった葛藤は他人が知る由もないし、なかなか話してもくれないだろう。
それでも、家族との細い糸を繋ぎ止め、共に人生を歩んでいくことを選択した彼らは、強く優しい人間だと思う。
とはいえ、例外はいくらでもある。
日本での殺人事件の約半数は家族間でのものだというし、介護や相続の問題もあり、実際にはトラブルの方が多いのだということは想像に難くない。
将来のことを合理的に考えれば、邪魔な老人やひきこもりなど、縁を切っておくのが吉だろう。
ひきこもり研究・治療の第一人者である斎藤環氏によれば、今後は「親捨て」「子捨て」が激増するのだという。
将来、ひきこもりの研究が進み、治療法や福祉の在り方が変わっていくことで、ひきこもりの人やその親の負担は今よりもずっと減っていくかもしれない。
ただそれも、おそらく近い未来ではないのだろう。
私たちは今、その歴史の狭間にいる。
本作『名前のない病気』で作者が医師から言われた「普通」という概念は、現在ではもはやその意味を成していない。
むしろ、この作品が1~3巻で描いてきたことは、普通であり続ける事の苦しさだった。
同じ苦しみを抱えている人にとっては「優しい人間だけが損をする」という受け取り方も出来たはずだ。
この世界は、普通でない(和を乱す)人間に対してあまりにも冷たく、弱音を吐く事すら許してくれない。
しかし、だからこそ、この最終巻で作者が自分の優しさを強さに変えたことは希望であるし、誇っていいことだと思う。
彼の子供たちは、そんな父親の行動をしっかりと見ているだろうから。
私自身、この作品を通して、自分の両親がとっていた行動を今一度思い出し、彼らの「普通」を見直すことができた。
このような作品を世に出してくれた宮川サトシ先生に感謝。そして本当に、お疲れ様でした。

1998: The Toll Keeper Story(PS5)

1998: The Toll Keeper Story
GameChanger Studio
2026年8月8日
PlayStation 5、Steam、Android


本作『1998: The Toll Keeper Story』は、インドネシアのGameChanger Studioによるインディゲーム。PCでの初出は2025年10月28日。
以下、クリア後の感想。

※ネタバレなし


東南アジアの独裁国家

本作の舞台は架空の国家「ジャナパ」とされているが、モデルは1990年代後半のインドネシア。この頃のインドネシアはアジア通貨危機と呼ばれる経済危機に直面し、32年に渡り独裁者としてインドネシアを支配していたスハルト大統領に対し政権交代を求め各地で市民運動が巻き起こっていた、正に激動の時代である。
インドネシアは独裁政権による文化の遅れも著しく、90年代にようやくテレビが普及し、情報のデジタル化はさらに2010年代半ばまで待たなくてはならなかった。
ここら辺の時代・文化的背景は、同じく90年代後半のインドネシアを舞台としたアドベンチャーゲーム『A Space for the Unbound 心に咲く花』をプレイすることでも体験できる。


ゲーム概要

主人公は架空の国家ジャナパの料金所で働く妊婦「デウィ」。
彼女を操作して約2週間の間、軍の指示に従い通行する車をチェックし、通行料を徴取していく。
基本的には『Papers, Please』以降、ジャンルとして定着しつつある書類審査系のゲーム。

 

軍の指示に従うか、それに反して市民運動家の味方になるかの選択が通行許可の是非により選択できる。
これによってストーリーが分岐。4つのエンディングが用意されている。

 

合間に挟まれるテキストメインの画面では、デウィの置かれた状況が刻一刻と移り変わり、プレイヤーの心情を揺さぶる。
未来の子供のためを想い運動への参加に積極的な夫や、同じく市民運動により国を変えたいと願う活動家の友人。
他にも不況により家賃の値上げを告げる大家など、お腹の大きいデウィにとってはストレス負荷の高い案件ばかりが毎日飛び込んでくる。

 

料金案内所ではナンバープレートの認証や、危険物の有無など、日を追うごとに確認しなければならないものが増えていく。
軍や友人からビラの配布を頼まれることもあり、どの車にどのビラを配るかの選択も悩ましい。

 

気晴らし要素として、毎日料金所を訪ねてくるネコの世話や、ラジカセで流す音楽の選択が任意で出来るようになっているのが楽しい。

 

ストーリーは導入部の丁寧な説明と、日々更新される新聞記事。
そこにテキストパートが加わることで料金所のゲームプレイ自体に物語性が生まれる仕組みになっていて、かなり良く出来ている。1周のプレイ時間も約3時間程度と、かなり手軽。

 

感想

毎日の仕事を真面目にこなし、平凡な幸せを手に入れるはずだったデウィ。
軍に従いこれまでの生活が続くことを願うか、子供のために危険を冒して革命に手を貸すか。プレイヤーとしては、ゲーム(軍)のルールに従い進めたい欲望に駆られるが、没入感の高い物語がそれを許してくれず、非常に悩ましい選択に何度も迫られる。
時代背景含めたストーリーテリングの上手さだけでプレイヤーの心を揺さぶってくるという点において、本作はナラティブアドベンチャーとして大いに成功しているといっていい。
刻々と変化する国の情勢をひとつの画面だけで伝える工夫も素晴らしく、本来は単に捌く対象でしかない車の一台一台にも意味が生まれ、物語に厚みを加えている。
クリア後には誰もが「本当にこれで良かったのだろうか」という気持ちに苛まれるだろう。

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  • ソニー・インタラクティブエンタテインメント
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参考Web

公益財団法人 国際通貨研究所
https://www.iima.or.jp/abc/a/2.html

ひろがりアジア(9) 反転のユートピア──スハルト政権期インドネシアの「若者向け娯楽誌」と9.30事件の痕跡(前篇)|竹下愛
https://webgenron.com/articles/article20211217_02

 

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みいちゃんと山田さん(マガポケ)

『みい山』最終話ということで、第7巻にあたる部分(第32話〜最終話)をマガポケで一気読みした。
やっぱりというか、何というか、作者が最初に想定していた通りには畳みきれなかったんだなという感想。
この作品をどう読むべきかの難しさは、第1話の時点で山田の抱える問題を匂わせ、それとみいちゃんの障害が最終的にどういった影響、或いは繋がりを持つに至るのかを想像させ続けていた点にある。
それを保留したまま残酷な現実を描写し、読者の興味を惹き続ける手法が批判されていたわけだが、あまりにも漫画的な伏線回収により迎えた終焉には興醒めした一方、フィクションとして逃げ切る選択を責めるのも筋違いな話だとも思った。

『みい山』は最初から、まごうことなき、ただのいち漫画作品でしかなかった。バズ的な売り方がSNSで見事にハマり、爆売れしたことで社会問題に発展。様々な議論を巻き起こした一方、そうした議論すら不毛であると存在自体を否定された稀有な作品でもあった。
漫画自体も途中から方向性を見失いかけ、解像度を下げながらもどうにか着地点を模索し、何とか最終話へ漕ぎ着けたという印象が強い。
名作とはなり得なかったが、時代を象徴する作品ではある。
おそらく作者自身が告白しているように、当初は「前の職場にいたヤバいやつ」を面白半分に描くことで読者の興味を集める目的だったのが、あまりの影響力の大きさから「みいちゃん」という架空の人物と真正面から向き合わざるを得なくなったのであろう。その痕跡は作品の節々から窺えるが、特に顕著なのが最終話。それまで決して混じり合うことのなかったはずの2人の視点が、疲労と絶望の中で重なり合う様を美しいものとして描いたことは、作者なりの決着の付け方だったのだと思う。
 みい山アニメ化問題がすっかり沈静化してしまった今週、Xのタイムラインに流れてきたのはNetflix『ラヴ上等2』の露悪を煮詰めたような宣伝動画や、坂口杏里の痛ましい近況報告だ。たかだかいち漫画家の創作ごとき、この世界にとっては無力に等しい。

みいちゃんと山田さん(2)

みいちゃんと山田さん(3)

みいちゃんと山田さん(4)

みいちゃんと山田さん(5)

みいちゃんと山田さん(6)