みやび通信

好きなゲームについて色々書いていきます。たま~に攻略記事あり。

真 流行り神(PS3)

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『真 流行り神

 2014年8月7日

 日本一ソフトウェア

 PS3,PSVITA

 

前作までの流行り神シリーズから制作陣やゲーム内の舞台や登場人物を一新した新作。

ネットでこのゲームを検索すると概ね不評で、私自身も前作までのシリーズの大ファンなので頷ける部分があるものの個人的に思うところもあるので書いておきます。

 

 

前作までのオカルト的手法

 

日本には大昔から八百万(ヤオロズ)の神という思想があって、これは様々なものに神様が宿るという考え方なんですね。

ざっくり言うと自然はもちろん台所用品や着物でもある年月を経過すると神様が宿るというような考え方が日本人全体にあって、その中でも不条理で畏怖すべき様なものが妖怪だったんです。

形もない、姿も見えないのにモノが動いていたり服が切れているなどの小さなものから災害のような大きなものまで。

それが江戸時代に絵師によって姿かたちが与えられて現在みんなが知っているような妖怪の姿になって読み物や絵画として親しまれてきました。

水木しげる先生の描く『ゲゲゲの鬼太郎』に出てくる妖怪たちも原型としては江戸時代に描かれたものが大半です。

 

日本が高度成長期に入ると団地やマンションが乱立して自然も少なくなってその土地における人々のつながりも希薄になって民間伝承というものが途絶えてしまいます。

そのころ登場するのが「口裂け女」で、これは都市伝説の代表的なものですよね。

口裂け女は行動こそ妖怪っぽさを残しているんですけど人間なんですよ。不審者って感じがします。これはコミュニケーションが希薄になった都市に住む人の近隣住人への不信感などが影響しているように思います。

恐怖の対象が「目に見えない得体のしれないもの」から「近所の不審者」へと変わる。

トレンチコートを着た背の高い女の人を見て恐怖する。その話が人から人へ伝わる過程で「口裂け女」の設定がどんどん追加されていくというのが都市伝説の定石になっていったのではないでしょうか。

昭和の時代には出版社が大量の心霊写真を生産していたこともありテレビのオカルト番組も妖怪よりも心霊のほうがメジャーになっていったようです。

ネタとして雑誌やテレビが作った話も多く、その消費のスピードは一つ一つの話を一過性の話題作りとして使い捨てていきました。

 

流行り神とは「一過性の流行で崇拝される神仏、偶像」を指すとゲーム中で説明があります。

一作目は2004年の発売ですがゲーム内の世界観は上で説明したような昭和のテイストなんですよね。

良い言い方をすれば日本独自のホラー観とも言えますが悪く言えば古い。

こっくりさん」や「トイレの花子さん」のような完全に妖怪的なネタも、故郷の景色がまだ鮮やかに想像できる昭和の時代なら通用するかもしれませんが現代では少し無理があります。

ではなぜ初期の流行り神というゲームが多くのファンをつかみ、かつ古臭さを感じさせなかったのか?

 

 

最近のホラー事情

 

海外では99年に『ブレアウィッチプロジェクト』などによるPOV方式という新しい撮影の手法が出てきたり、ほとんどコメディのようになっていたゾンビ映画もロメロ的な原点回帰が行われたりしてホラーもまた新鮮さを取り戻していました。

 

海外の有名なホラーに『エクソシスト』や『ナイトオブザリビングデッド』がありますが、あれは実は現実の恐怖を悪霊やゾンビに置き換えて表現しただけでオカルトそのものとは根本的には無関係なんですよ。

エクソシスト』は思春期の少女の、『ナイトオブザリビングデッド』は南北戦争のメタファーとしてホラーという手法が使われているだけ。

 

日本を代表する『リング』や『呪怨』の監督・原作者もオカルト的なものは全然信じてないタイプの人なんですけどホラーという手法を使って恐怖を表現するのが上手いんですよね。

日本の場合は何かのメタファーというより、江戸から昭和にかけてキャラクター化されて消費されてきた妖怪や幽霊たちをまた「目に見えない得体のしれないもの」へ回帰させる逆行的な表現といってもよいのかもしれません。

 

それまでの雑誌やテレビのオカルトは読者や視聴者をだまして(信じ込ませて)お金を稼いでいたと言っても良いと思いますが、『リング』や『呪怨』などの映画は貞子や俊雄がいないとわかっていても怖いと感じられるエンターテイメントになっています。

これは商品と作品の違いかもしれませんが、作品の場合はたとえ使い古されたネタでも丁寧におもしろく仕上げていれば成立するんですよね。

そういう意味では流行り神はよくできた作品だと思います。

都市伝説をオカルトルートと科学ルートという分岐で2パターンの楽しみができるというのも埋もれかけていた都市伝説に脚光を当てるのに成功しているといっていいのではないでしょうか。

結局どちらのルートを進んでも明確な答えが出ずに得体のしれない恐怖感が残るのも『呪怨』の手法を踏襲しているようように思います。

 

そういう意味で初期の流行り神というのはホラーという表現をよくわかっている制作陣によって、古いネタを最新の表現で調理して見せた傑作と言えます。

 

 

生まれ変わった真流行り神

 

流行り神で培った現代ジャパニーズホラーの王道パターンを全部ぶっ壊して生まれ変わった真流行り神は一体どう変わったのでしょうか?

 

まず新しいキャストですが、個性的でとても良いです!

主役の北條紗希ちゃんもかわいくて好感が持てます。

今回はこの主人公である北條紗希がライアーズアートという質問形式で相手の嘘を暴く新システムを使って容疑者を追い詰めていきます。

殺人の罪で公判中の関本爽二朗からいろいろ話を聞いて事件のヒントを得ていくのですが、ここらへんは映画『羊たちの沈黙』などで有名なFBIの心理分析の手法ですね。

このような海外の映画やドラマでみられるような設定は捜査方法だけにとどまらず、ゲーム内で扱われる事件そのものも都市伝説とは言い難い猟奇的なものが多いです。

これまでの民俗学&昭和の都市伝説という題材を切り捨てた結果どうなったかというと、そこには過剰ともいえるグロテスクな表現が突出したものになっていました。

それまでの日本的なじわじわと怖がらせるホラーというよりは海外のショッキング映像に近いテイストになったことに加えて、一本のメインストーリーから幾つかの独立した話に分岐していくスタイルが、これまでのオカルト・科学ルートへの分岐方式より味気なく感じてしまうことが過去作のファンからの不評を買ってしまいました。

 

 ここ数年のスマホのアプリで誰でも簡単に写真を加工できる時代に心霊写真は流行らないし、ホラー系の書籍も心霊ものからコンビニの実話系コミック(トンデモ系)へと変化しているので流行り神が今の時代のネタを取り扱うことには違和感もないしいくつかの話はとても面白くプレイすることが出来ました。

でもやはり「怖さ」よりもグロテスクな「気持ち悪さ」に振り切っているのは創作物としては安易だと捉えられても仕方ありません。

 

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個人的にはゾンビネタを雑に扱っているのが残念でした。

 

ホラーは何か特定の思想や宗教的価値観を啓蒙するようなものではなくて、あくまでもフィクションのいちジャンルです。

ファンも保守的な人は少なく新しい表現方法を広く受け入れてくれる間口の広いジャンルといってよいと思います(そのかわりあまりお金にならないようですが・・・)。

近年のジャパニーズホラーにおいても黒沢清監督や白石晃士監督などが撮る今までのホラーに新しい風を吹き込むような前衛的な作品が一般の若者から古参のホラーファンまで受け入れられています。

流行り神もネタを更新してショッキングな絵を見せていくだけなら昭和の雑誌やテレビと同様に消費されていくだけの商品になってしまいます。

別にそれでもいいとは思うのですが、傑作ホラーアドベンチャーゲームであった『流行り神』のタイトルを背負っているのであればもう少し「怖さ」の質を上げていかなければタイトル負けして過去作のファンからは見放されてしまうでしょう。

過去作の世界観を守りながら新しさを求めた結果、良作と駄作が混在してしまいちぐはぐな印象を与えてしまっている今作はファンからすると非常に惜しい作品となっています。

 

 

 

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