タイトルにある「デートクレンジング」とは、作中に出てくる架空のアイドルグループの名称。
本作は2018年の作品であるため、「推し」というワードは出てくるが「推し活」という言葉がまだ普及していなかった時期(コロナ以前)の話となっている。
主人公の「佐知子」は30代半ばの栄養士で、義母の経営する喫茶店「ミツ」で働きながら妊活に励む女性。ミツには佐知子の大学時代からの親友「実花」が頻繁に訪ねてくるが、この実花はかつて活動していたデートクレンジングのマネージャーであり、グループが活動していた時期にはメンバーをミツに連れてきたりもしていた。
現在の実花は別の業務に就いているが、最近は結婚に焦り婚活に励んでいる。
学生時代はアイドルを目指し、世間一般の常識に迎合しない生き方を貫いてきた実花が、結婚適齢期に怯え、活発に婚活に取り組む姿を見て佐知子は寂しさを感じていた。
実花がコンセプトに関わったデートクレンジングのデビュー曲も「デートの呪いをぶっつぶせ」という、家父長制にNO!を叩き付けるような「実花らしい」ものだった。
デートクレンジングの、客に媚びなくスキル重視というグループコンセプトは、アイドル戦国時代の中では浮いていて、そこまでの人気も得られなかったが、佐知子はそこに実花の本質があるような気がして好きだった。
実花のやりたいようにしてあげたいと思う佐知子は、ミツの常連客の男性を紹介するのだが、実花の結婚願望が本心からのものではないのではないかと男性側に察知され、あえなく断られてしまう。
その後、「柴田」という婚活インフルエンサー的な怪しげな人物に傾倒していく実花に不満を募らせていく佐知子。
かつての友人に対する変わって欲しくないという気持ちや、変わる気がないのに世間に合わせようとして安易な近道に駆け込む実花に苛立つ佐知子。
ミツに置いてあるドイツ製の鳩時計が刻む音が、やたらとうるさく響く。
この時計は生涯独身であった常連客の「奈美枝さん」から譲り受けたものだったが、それが一層、40代に差し掛かる佐知子と実花の適齢期までの時間を急かしているように感じさせるのだ。
佐知子はその鳩時計をお店から撤去することを決意する。
その後、無事に妊娠し、お腹が大きくなりはじめた佐知子と、芝田の薦めた男性と結婚を決意する実花。
後半、デートクレンジングの元メンバーであり、現在はモデルとして成功している「暮羽」によって、現役時代に一番人気であった「春香」のアイドル活動復帰のイベントが開催される。
暮羽と春香の関係は、そのまま佐知子と実花との関係に当てはまる。
そしてそれは同時に、アイドルとファンとの関係の比喩にもなっている。
この物語には基本、善人しか出てこない。
それなのに、何もかもうまくいかないもどかしさが付きまとう。
表面的には女性たちの物語のように見えるが、実花とのすれ違いのなかで混乱する佐知子に、佐知子の夫が言ったセリフがすごい。
でも、それ、さっちゃん(佐知子)と実花ちゃんだけの女の問題っていうんじゃないと思うよ。結婚しなきゃだめだって思い込んで自分らしくないことを無理にして、昔からの友達と疎遠になるのって、それ、個人の責任や努力で解決しなきゃいけない問題なのかな?さっちゃんが、実花ちゃんが強くなれば解決することなのかな?俺にも関係あるし、母さんにも、うちの商店街全体にも、なんならお腹の子にも関係あるんじゃないの
こんなふうに言ってくれる夫がいて、世間の息苦しさは男性にも共通した問題だということは佐知子もわかっているのに、それでもやはりスムーズに事は運んではくれない。
しかし、いくつかの障壁を乗り越えながらお互いの認識を擦り合わせて彼女たちは成長していく。
小さな喫茶店での、たった二人の物語。
優しい人間同士で傷つけ合うのは本当に辛い。
相手への思いやりの中にどれくらいの「思い込み」があるのか、それに気が付いて修正するには時間がかかるし、だいたいはわかり合う前に決裂してしまう。
それを時代や社会のせい、あるいは彼女たちの知性の問題だけにせず、日常生活を通して世代を超えた普遍的なテーマに集約させる。
男女問わず刺さるものが多すぎるし、令和になっても全く色褪せないテーマを持つ作品。
私の知る限り、こんな話を書けるのは山田太一くらいしか思い浮かばない。
