みやび通信

好きなゲームについて色々書いていきます。たま~に攻略記事あり。

パラノマサイト FILE23 本所七不思議(Switch)

パラノマサイト FILE23 本所七不思議
スクウェア・エニックス
2023年3月9日
Nintendo Switch、Steam、iosAndroid

 

本作『パラノマサイト FILE23 本所七不思議』は、これまで『探偵・癸生川凌介事件譚』シリーズなどを手掛けてきた石山貴也氏がディレクター・シナリオを務めたホラーミステリーADV。尚、本レビューはSwitch版でのもの。

※ネタバレなし

 

 

~パラノマサイトが描く80年代日本とオカルト~

ゲームの概要としては、昭和後期の東京都墨田区を舞台とし、そこに江戸時代から伝わる「本所七不思議」にまつわる怪異に引き寄せられる人間たちを中心としたドラマが展開される。

プレイヤーはストーリーチャートを確認しながら複数の登場人物のエピソードを交互に埋め、最終的にトゥルーエンドを目指すという古典的なアドベンチャーゲームのシステムが採用されている。

 

大胆不敵な導入部

しかし、ゲーム開始早々、案内人によって、このゲームがメタ的な要素を内包していることが明かされる。
冒頭でプレイヤーの名前を尋ねられるのだが、適当な名前を入力すると「おや、○○さんではなかったですか?」と訝しがられる。この「○○」の中にはプレイヤーのNintendoアカウント名が表示される。つまり、このゲームがプレイヤーの使用しているNintendoSwitch本体の内部情報に干渉していることが告げられるのだ。そして、案内人の隣に鎮座するブラウン管テレビの中で展開されるドラマの中に冒頭で入力したプレイヤーキャラは一切登場せず、「提供 ○○(プレイヤー名)」とクレジットされるのみである。
メタフィクションを取り入れたゲームにおいて、このような仕掛けは終盤で明かされることが多いが、本作ではチュートリアルよりも先にネタバレしてしまうのだ。これはなかなかに挑戦的な態度である。

 

呪詛と蘇りの秘術

さて、本作では「本所七不思議(実際には9つある)」という江戸時代に起こったとされる怪異の地を訪ねることで登場人物たちが呪われてしまうという、一見すると「巻き込まれ型」の「不条理な恐怖」を描いたホラー作品のように思える。しかし、そうしたホラーの定型は序盤で打ち砕かれる。
呪われた人間は「呪主(かしりぬし)」となり、他人を呪い殺せるアイテム「呪詛珠」を使えるようになる。呪詛珠で他人を呪い殺すとエネルギーがチャージされ、それが満タンになると「蘇りの秘術」により一人だけ人間を生き返らせることができる。しかも、このエネルギーは一般人よりも呪主を殺すほうが数十倍も多く得られるため、効率よくエネルギーを貯めるには呪主同士で殺し合うのが手っ取り早い。呪詛珠は9つそれぞれ呪い殺すための条件が異なり、呪主同士のバトルでは熾烈な駆け引きが繰り広げられる。

 

まるで少年漫画によくある異能バトルもののようだ。そしてご丁寧にも、呪詛発動はトリガーボタンに設置されているという気の利きよう。
しかし、本作はあくまでも分岐型のアドベンチャーゲームだ。物語を完結させるためには、なるべく多くの登場人物を生かしておかなければ真実には辿り着けない。つまり、本作におけるトリガーボタンは、ほとんどの場面で使えない。実際、多くの登場人物たちは隙あらば呪詛を発動させたいはずであるにもかかわらず、プレイヤーがそれを抑制するのだ。

 

では、本作における「呪い」とは、いったい何を意味するのか。

 

 

80年代のオカルト事情
昭和後期、1980年代はオカルトが個々人のアイデンティティと深く結びついた時代だった。79年には月刊オカルト情報誌『ムー』と、女子中高生をターゲットとした占い雑誌『My Birthday』が創刊。86年には漫画『ぼくの地球を守って』による転生ブーム、88年に公開された映画『帝都物語』のヒットで「風水」や「陰陽師」といった言葉が一般的となる。水子供養は「80年頃に観光化、85年頃からオカルト化」し、霊感商法が社会問題としてマスコミに取り上げられはじめる。
一方、70年代の終わりから書店に「精神世界」コーナーが設けられ、精神世界ブームを象徴するもののひとつである87年の書籍『BASHAR 宇宙存在バシャールからのメッセージ』における「ポジティブ・シンキング(ワクワク)」とシンクロするかのように自己啓発セミナーが多くの受講者を獲得していく。

本作中で70年代までの墨田川が深刻な汚染状態であったことが語られるが、これは70年代までのオカルトブームを象徴する「秘境」「未発見生物」「超能力」などが、公害や政治不信による科学万能主義への裏切りから来るアンチテーゼでしかなかったことが示唆されている。
80年代に入るとオカルトは見世物小屋的な興味や未知へのロマンよりも、後の「自分探し」に通じる内在的、或いは宗教的なものへと変容していく。それらの多くは2000年代のスピリチュアルブームや、現在における陰謀論と無関係ではない。

 

喪失に縛られた人々

本作の登場人物たちの多くは「死者を蘇らせたい」という情念によって突き動かされている。そこにあるのは、喪失の悲しみをオカルトによって埋めたいという欲望だ。グリーフワーク(悲嘆カウンセリング)の研究で知られる心理学者のウィリアム・ウォーデンは、愛するものとの死別を乗り越えるために次の4つの課題を提示している。

 

①喪失の現実を受け入れること
②悲嘆の痛みを消化していくこと
③故人のいない世界に適応すること

④新たな人生を歩み始める途上において、故人との永続的なつながりを見出すこと

 

これらのタスクと段階に関しては、後に様々な分析と改変が加えられているが、基本的な流れはおおよそ確立されていると考えられる。問題なのは特定の人にとって「①喪失の現実を受け入れること」が難しく、オカルト的なものが入り込む余地が多分にあることだ。
ウォーデンは①に関して「喪失を否認しようとする心の働き」をいくつか挙げている。

 

a.亡くなった人のことを記憶から追い出す
b.遺物を「ミイラ」のように保存して帰ってきたらいつでも使えるようにしておく
c.霊として生きているとして呼び出して交流することにこだわる

 

bとcでは故人を私物化することで、当人は生者の共同体から孤立する危険性を孕んでいる。本作の登場人物が「蘇りの秘術」に固執する有り様もまた共感性を欠き、それぞれが孤立した状態にあると言える。
つまり彼らは「4つの課題」の①の時点で分岐を誤っている。
本作における「呪い」とは、「死者を蘇らせたい」という「想い」そのものだ。作中では誰もが呪われるわけではなく、呪主になる条件の可能性として霊感の強さが挙げられている。それゆえ、登場人物の中には霊感が強いだけで死者の蘇生に興味がない者もいるが、彼らもまた特定の故人に対して拭いきれない想いを抱えたまま生きており、ウォーデンの課題①で足踏みしている状態だ。
ゲームを進めて行くと、プレイヤーに課せられた課題が「呪いを解く」ことにあると気付くだろう。現世において、登場人物たちを繋ぎ止めることで彼らに憑いた呪いを祓う。この、「憑き物を落とす」行為と、江戸から伝わる「本所七不思議」がどう関係していくかが本作の最も大きな見所のひとつとなっているのだが、ネタバレ厳禁のため、是非とも実際のゲームプレイで確かめてほしい。

 

オカルトの作法

一般的に日本の80年代といえば「バブル」というワードで語られることが多いが、経済的に潤っていたのは何も企業だけではない。後に社会問題となる多くの新宗教や詐欺グループがその運営の土台を築いた時期でもある。多くの若者が新宗教に心酔し、その家族が「子供を返せ」と宗教施設に詰め寄る姿が連日テレビで報道された。オカルトが詐欺の手口として使われ、若者たちは意図的に社会や家族から分断される。そして、昨年2022年に起きた「統一教会問題」をきっかけに世間の大きな注目を集めた「宗教二世問題」の被害者たちこそ、80年代に若者だった信者の子供たちなのだ。
本作『パラノマサイト FILE23 本所七不思議』が何故、わざわざ2023年の視点から80年代の人々の呪いを解かなければならなかったのか。それは本作が「2023年にオカルトを扱う難しさ」を理解し、現代的な視点による物語構築に真摯に取り組んだことの証左だろう。なにぶん本作はホラー成分少なめで、ミステリ要素とキャラクターの魅力でプレイヤーを引っ張っていけるだけの秀逸なシナリオに支えられている。それゆえ、オカルトや80年代の知識がなくとも十分楽しめるエンターテイメントに仕上がっているのは驚嘆に値する。

 

現在、テレビのオカルト番組やネット上のオカルト記事の多くが過去の反省を全く踏まえず80~90年代的なノリで陰謀論的な言説を垂れ流している中、幸いにもオカルトを扱うゲームクリエーターのほとんどは「オカルトの作法」を心得ているように見える。その中でも本作は、その現代的視点と完成度から頭一つ抜けた作品と言えるだろう。

全てのアドベンチャーゲームファンに薦めたい傑作。

 

 

1980年代年表


1980年 宜保愛子がテレビ初出演

 

1981年 ミニファックスMF-1発売
    シングル・レコード「なめんなよ」(なめ猫)発売

 

1982年 テレホンカード発売

 

1983年 映画『幻魔大戦』公開

    東京ディズニーランドがオープン
    ファミリーコンピュータ発売

 

1984年 グリコ・森永事件

 

1986年 ハレー彗星が76年ぶりに地球に最接近
    ユッコ(岡田有希子)の亡霊騒動
    宗教団体「幸福の科学」設立
    
1987年 悪魔払いバラバラ殺人事件
    宗教団体「オウム真理教」設立
    ファミコンソフト『デジタル・デビル物語 女神転生』発売

 

1988年 女子高生コンクリート詰め殺人事件

 

1989年  女子中学生集団自殺未遂事件(前世を見るため)
    映画『丹波哲郎大霊界 死んだらどうなる』公開

 

 


参考文献
高橋直子『オカルト番組はなぜ消えたのか』青弓社、2019年
吉田司雄『オカルトの惑星 1980年代、もう一つの世界地図』青弓社、2009年
島薗進『ともに悲嘆を生きる グリーフケアの歴史と文化』朝日新聞出版、2019年
森栗茂一水子供養の発生と現状』国立歴史民俗博物館研究報告 第57集、1994年

 


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