みやび通信

好きなゲームについて色々書いていきます。たま~に攻略記事あり。

Paratopic(Switch)

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Paratopic
Arbitrary Metric
2021年6月24日
Nintendo Switch,Microsoft Windows,Linux,macOS,Mac OS,Classic Mac OS

 

開発のArbitrary MetricはJessica Harvey、Lazzie Brown、Doc Burfordの三人から成るチーム。Arbitrary Metricは一人称ステルスホラーゲーム『tangiers』を2014年8月にリリースする予定でしたが、現時点で完成の目途が立っていないことから本作『Paratopic』(PCでの初配信は2018年3月)が実質的なデビュー作となります。

 

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わずか2分余りの『tangiers』トレイラーからは、頭部に埋め込まれた胎児、頭部がカセットテープの異形の者、複数のブラウン管に映し出される目玉、途切れ途切れのビープ音、謎の宗教的施設など、本作『Paratopic』と共通するアイデアが多く見られます。

この時点で公開されていた、彼らが影響を受けたリストの中にクローネンバーグ(※1)やデイヴィッド・リンチ(※2)の名前が挙げられていたことは、本作を理解する上でも重要なヒントとなるでしょう。

 

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ゲームをスタートすると「Paratopicにはセーブ機能がないため、1回のプレイでクリアしなければなりません。」というメッセージが表示されます。

ゲームは1周に約45分かかりますが、難しいクリア条件はなく、ゲームプレイは探索と会話の選択でほとんどが占められています。

ゲームのビジュアルは初代プレイステーションを思わせるローポリゴンで表現されていますが、開発者の1人であるLazzie氏がインタビューで「2010年以降、特にオンラインで存在していたポストモダンの全体的な感覚は、ノスタルジックでオールドテクノロジー中心のアートに大きな上昇を見せている」(informa tech,2019年2月25日)と発言していることから、意図的な効果を狙ったのは明らか。

 

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一人称視点でゲームは進みますが、自分が操作している人物が誰であるのかは明かされておらず、銃を持つ手すら表示されません。

ある地点までの到達や時間経過によって突然切り替わる画面。山道を歩いていたかと思えば突然車を運転していたり、繋がりが不明な展開が最後まで続き、プレイヤーを混乱させます。

1周目の終盤や2周目となると、プレイヤーが操作している人物は少なくとも

・暗殺者
・密輸業者
・バードウォッチャー

の3名が存在していることがわかります。

 

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密輸業者が取り扱うのはVHSのビデオテープ。このビデオを再生した女性が異形の者に変化するシーンがあることから、『Paratopic』の世界におけるVHSというアイテムが人体に何かしらの影響がある違法ドラッグのような存在であることは確かで、その運び屋である密輸業者は常に暗殺者から命を狙われています。

 

もう一人の操作キャラであるバードウォッチャーに関しては不明な点が多いのですが、開発者の1人であるDoc氏によれば「制服を着た男に家の近くの森を追いかけられた経験から来ている」とのこと。

そしてこのDoc氏、幼少期に住んでいたカンザス州で、自分の家族がBTKキラー(※3)の次の標的になっていたことをBTKキラー逮捕後に聞かされるという、想像を絶する怖ろしい体験の持ち主でもあります。

 

主人公や場面、時間軸が何の脈絡もなくランダムに切り替わりプレイヤーを混乱させる暴力的な構造は、ウォーキングシミュレーターの非暴力性に対する批評(※4)と、アイデアとプロトタイプを繰り返すインプロヴィゼーション的な創作によるもの。

開発メンバーに大きな影響を与えたクローネンバーグが1991年に監督を務めた『裸のランチ』、その原作者である小説家のウィリアム・バロウズ(※5)は映像の世界に「カットアップ技法」が採用されるきっかけとなった人物でもあります。

『Paratopic』における、ゲームの直線的なストーリーを解体して非線形なものとして再構築する手法はカットアップ技法そのもの。

 

ここからは私個人の推測ですが、本作中におけるVHSの存在はバロウズが1979年に発表した小説『Blade Runner: A Movie(映画:ブレードランナー)』(※6)内における医療品と同じ効果を狙ったものなのではないかと考えられます。

Blade Runner: A Movie』は近未来の医療を描いた小説で、ブラックマーケットでしか医療品が手に入らない時代の運び屋「ブレードランナー」が活躍するというもの。

この小説は当時ドラッグを絶ったばかりのバロウズが、その苦しみを近未来の人類にも味あわせてやろうという発想から書かれたものだと言われています。

Arbitrary Metricのメンバーはおそらくドラッグ依存症ではないため(そう願いたい)、彼らにとってバロウズのドラッグに相当するであろう映像作品、それを象徴するVHSを『Blade Runner: A Movie』的な世界へ当て嵌めたのではないか?

複数のインタビューを読む限り、開発者個人の体験だったり、映像作品への熱い想いが『Paratopic』というゲーム全体を強く牽引しているような印象を受けました。

 

感想

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Doc氏曰く「優れた映画製作の基盤は優れたゲーム制作の基盤と同じである」とのことで、彼らの映像作品への深い理解と批評性がこのような尖った作品を生み出したのは間違いありませんが、それにしては良く出来過ぎているんですよね。

個人的に現在の解像度の低いVR映像が、ある種の(眠っている時に見る)夢の中のリアリティを獲得しているのではないかと感じていたのですが、『Paratopic』のローポリゴンは図らずもVR映像の持つ夢のリアリティを再現しながら、ストーリーのカットアップという不条理で暴力的な技法によって夢そのものに限りなく近いゲームになっているように思えました。

とても不安定な世界なのに、居心地はそんなに悪くない。

1作目のゲーム制作が頓挫し、かなり限定された時間と予算で作られた本作『Paratopic』ですが、全世界で高い評価を受けて大きな利益を上げたようで、次回作がとても楽しみ。

しかしそれよりも、こんな狂ったゲームがSwitchで配信されていることが何よりの驚き。ここ最近のSwitchのインディゲームは攻めすぎ!(嬉しい)

 

 

※1,David Paul Cronenbergはカナダの映画監督。代表作に『スキャナーズ』(1981年)、『ザ・フライ』(1986年)、『裸のランチ』(1991年)などがある。

※2,David Keith Lynchはアメリカの映画監督。代表作に『イレイザーヘッド』(1976年)、『ツイン・ピークス』(1992年)、『マルホランド・ドライブ』(2001年)などがある。

※3,BTKキラー、デニス・レイダー。彼はBind(緊縛)、Torture(拷問)、Kill(殺す)の頭文字を取って自分自身で "BTK"と名乗り、1974年から1991年の間にカンザス州ウィチタ近郊で10人を殺害し、逮捕されるまで30年以上にわたって地元民を恐怖に陥れた。(ウィキペディア (Wikipedia): フリー百科事典)

※4,Doc Burfordは「Death of Walking Sims(ウォーキングシムの死)」(tumblr,2018年3月1日)の中で、多くのウォーキングシミュレーターへの称賛が非暴力性に集中していることを批判している。

※5,William Seward Burroughsはアメリカの小説家。ドラッグと酒の勢いで妻を射殺(ウィリアム・テルごっこ)。カート・コバーンをはじめとして、多くのアーティストに影響を与えた。

※6,『Blade Runner: A Movie(映画:ブレードランナー)』はバロウズによる1979年の小説。1982年公開のSF映画ブレードランナー』のタイトルもバロウズの小説から取られた。元ネタはアラン・E・ナースが1974年に発表した小説「The Bladerunner(ザ・ブレードランナー)」。

 

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