ヘッドライナー:ノヴィニュース
Unbound Creations
2019年12月12日
Nintendo Switch、プレイステーション4、Xbox One
『ヘッドライナー:ノヴィニュース』クリア後の感想です。
開発のUnbound Creationsはアメリカのゲームスタジオ。
※選択による分岐が多い作品なのでネタバレはあまりないと思います
世界観
舞台となるノヴィスタンは6つの国からなる連合国のひとつ。
その内の主に3つを紹介すると
ノヴィスタン・・・連合創設の父でもある工業大国
レアリス・・・遺伝子改良研究のパイオニアである、身近な隣国
ギャリクシア・・・国民の大半が遺伝子改良済みのモッド大国
(ゲーム内パンフレットより)
となっており、見てお分かりのように遺伝子改良が合法化された架空の世界のお話。
ノヴィスタン国民も63%が遺伝子改良済み。
しかし現在ノヴィスタンでは奇病が蔓延し、街では陰謀論や遺伝子改良に懐疑的な意見が広がりつつあります。
プレイヤーはノヴィスタンでいちばん影響力のある報道局の編集長となり、2週間という期限の中で記事を作成し世論を動かしていきます。
仕事
ゲームは非常に簡単で、提示された2つの記事から掲載する方を選ぶだけ。
どちらも選択しないということも出来ますが、ノルマは存在します。
ゲームのパートは「仕事場」「街」「自宅」の3つに分かれていて、プレイヤーが選んだ記事によって街の風景が変化します。
職場であるノヴィニュースは政府から監視され、時には圧力をかけられ、それでもマスコミとしての矜持を示唆するボスとの板挟みになりながら中立的な立場を模索するのも政府批判をするのもプレイヤーの自由。
登場人物
プレイヤーがコミュニケーションをとれるキャラクターは職場の上司や政府の人間を除けば3人程度(2周目以降追加あり)
同僚で友人のエヴィは隣国レアリス出身。ノヴィスタンでは外国人差別を受けており、遺伝子改良で肌の色を変えようかと悩む。世論の影響を受けやすく、何かと主人公にアドバイスを求めてきます。故郷のレアリスは連合国の中で最も小さい国でしたが、遺伝子研究の成功によって中産階級が滅び、貧富の差が極端になったことで仕方なくノヴィスタンに移住するエヴィのような若者が増えているようです。
雑貨店を経営するルディ。彼の店では実際に買い物をすることが出来ます。
遺伝子改良が当たり前になる時代以前の価値観が残っており、新しいものに抵抗を示す様子が見受けられたりもするのですが、一人娘が病弱であったり、隣に出来た大型店舗に対抗するため世論に流されてしまいます。プレイヤーの選択により店に置かれている商品が変わったり、店の存続にも影響を与えます。
兄のジャスティンはコメディアンを目指す若者。このゲームの中で唯一の文化的な側面を持つ存在ですが、心を病んでいます。
彼がコメディアンとして成功するかどうかはプレイヤーの選択に委ねられていますが、成功したとしても上の写真のように逮捕されてしまうことがあります。
これら3人のキャラクターから見えてくるものは非常に大きく、今作のシナリオのテーマが凝縮されています。
彼らとの会話からは、この世界が非常に効率化され、文化的なものが失われたまま遺伝子改良という産業の成功により経済社会が肥大化し、人間だけが取り残されて心を病んでいく様子が克明に伝わってきます。古い価値観が淘汰されたように見えて人種差別が色濃く残っていたり、煌びやかなネオンに彩られた街の中でジョークのひとつも言えない言論封殺が存在します。
街ではデモや集団自殺、ポピュリズム的な運動などが展開され、あらゆるものが悪い方向に向かっているかのような悪夢が広がっています。
そこには思想や哲学、芸術などの人間的な営みはどこにも見当たらず、庶民の生活は怒りと嘘に飲み込まれています。
ベターバッズ騒動
私がこのゲームでいちばん印象に残ったのが「ベターバッズ」というアルコール飲料。
遺伝子改良で作られた新しいアルコール飲料で、完全な工業製品です。現在の日本のものでいうと「ストロングゼロ」みたいなやつですね。
で、これが発売されてから街では不審な事件や集団自殺が起こり、プレイヤーの選択次第ではそれら全てをベターバッズのせいだと誘導することも出来ます。
そうやって新しいものをスケープゴートにすることで問題の本質をうやむやにできてしまうというのが本当に恐ろしいし、こういうことは日本に住んでいても身に覚えがありすぎて、今まで架空の世界だと思っていたノヴィスタンがすごくリアルなものに感じられるエピソードでした。
こういった誘導がいとも簡単に成功してしまう背景には、ただ単に国民がバカだということではなく、「お酒」という人類が長年培ってきた食文化までもが効率化により工業製品に挿げ替えられてしまうという危機感があったのではないかと。
しかし逆にベターバッズを好意的に紹介する記事を載せてもノヴィスタンの人達は簡単に信じてしまうのだから頭が痛い。
雑貨店のルディなんかは最初ベターバッズを店に置くことに難色を示しながらも生活費と娘の治療費を稼ぐために取り扱うことを決め、取り扱いを始めてからはベターバッズを好意的に捉えた情報だけを信じるようになります。
シーシュポスの岩
個人的な話ですが、私は00年代を渋谷~横浜間を通る東横線沿いで過ごしました。大学が多いので00年代前半までは個人経営の古本屋や学生をターゲットとした安くてボリュームが売りの大衆食堂が数多く存在し、それぞれの駅前にはその街独自の個性を持った商店街がありました。しかし駅の近くに大型店舗が出来ると商店街からは客足が途絶え、閉店した店の跡地にはBOOK OFFやTSUTAYA、その隙間にコンビニと100円ショップが並び2010年頃にはどの駅前も似たような風景になっていったのを克明に覚えています。
これは90年代にアメリカのショッピングモールを日本に進出させるために行われた「大規模小売店舗法の改正」が原因で、それまで中小企業を守るために規制されていた法律を変えてしまうことにより、結果的に日本国内の生産力を下げ、地域社会の共同体を破壊するに至り、当時法案を通した自民党・加藤紘一氏も「失敗だった」と回顧しています。
当時の私が均一化していく街を見て思ったのは民俗学者の柳田國男が書いた日本の農業に関する記述です。現在日本で見られる農家や農村の風景というのは、実は昭和初期に作られたもので、それ以前に数百年にわたり各地域がそれぞれ独自に発展させてきた農業は全て効率化により撤廃させられ、どこまでいっても同じ風景が続くつまらない国になってしまったという柳田國男の嘆きを当時の私は東横線から見える風景と重ねていました。
戦後の焼け野原にモダンな建物が建造されていく様を安部公房は『堕落論』の中で「どんどん変わってしまえばよい」と書きましたが、そこには国を復興するのだという民衆のエネルギーと文化的な価値観が付随されていたはずで、人間の価値が軽んじられていく風景ではなかったはずです。
ただ、そういった安易な効率化を多くの日本人が何の疑いもなく受け入れてきたことも事実で、近年著しい文化的衰退を招いた大きな要因だと考えられます。
ディストピア社会を描いたイギリスの作家ジョージ・オーウェル著『1984年』の中には
「良い」という言葉があれば「悪い」という言葉はいらない。「良くない」という反対語だけでいい。こうして言葉の数を減らしていけば民衆から考える力を奪える。政府にたてつくという思想も生まれなくなる。
という恐ろしい記述があります。
人から思想や文化を奪い、見える景色を均一化することで思考の選択肢は限定されていきます。2019年の「あいちトリエンナーレ」問題においても、表現の自由についての議論がほとんど行われず、「そういう表現は良くない」という規制を促す声の方が圧倒的に多く、日本も確実にディストピアに向かっているのだと感じました。
今作『ヘッドライナー:ノヴィニュース』は正にこの「選択肢の少なさ」がテーマになっており、実際にプレイヤーが選べる選択肢も極端に少ない。
貧すれば鈍する…ノヴィスタンの庶民は長年「生活」を人質に取られ、遺伝子改良という人間の効率化を受け入れていった結果、もはや手詰まりの状態まで来ています。
ゲームの終盤、雑貨屋の店長ルディの娘が主人公に言う
「あなたはシーシュポスで、人類はあなたの石」
というセリフがあるのですが、シーシュポスとはギリシャ神話の中で神を二度欺いた罰として日本でいうところの「賽の河原」のように岩を積み上げては崖から落ちていくという行為を永遠に繰り返さなければならない刑を課された人物で、「徒労」を意味する「シーシュポスの岩」の語源。
つまりこのゲームの中で私たちが知っている、もしくは理想として思い浮かべることの出来る世界は実現不可能だということ。
ノヴィスタンは効率化社会の末期であり、庶民はもはや「死にながら生きる」か「自殺する」かの二択しか与えられておらず、プレイヤーはそんな世界の中であがくことしかできないディストピアシミュレーターになっています。
まとめ
このゲームは発売日に買ってすぐにクリアしたのですが、なかなか感想が書けませんでした。当初はリベラルやポピュリズムに絡めて書いていたのですが、難しくて(頭が悪くて)全然まとまらずあきらめかけていたのですが、2020年に入りコロナウイルスによって二極化していく世論を眺めることでようやくこのゲームの軸が明確になった気がします。
国が突然「戦争するぞ!」と言っても多くの人は反対するとは思いますが、反対する根拠というものがここ数年で大分薄れて(徐々に削られて)いっているように感じます。
戦前戦中の日本では大杉栄のようなアナーキストと文壇との距離が近く、言葉や価値観・フィクションによって人間性を軽んじる社会構造(戦争や言論弾圧)を突破するのだという気概が見て取れました。
ここ数年の多くのアドベンチャーゲームの中にも、そういった戦前戦中の空気が確実に流れていて、多くのクリエイターが現在抱えている危機感を作品によって表出させているのだと感じるし、今作『ヘッドライナー:ノヴィニュース』も正にそういう作品群のひとつだと思います。
あまり書けませんでしたが、ゲームとしても分岐によって展開するストーリーは多様で十分楽しめるものになっています。
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