みやび通信

好きなゲームについて色々書いていきます。たま~に攻略記事あり。

The friends of Ringo Ishikawa(switch)

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The friends of Ringo Ishikawa

yeo

2018年5月17日

Steam、Nintendo Switch

 

2019年4月4日にswitchで日本版が配信されたインディーゲーム『The friends of Ringo Ishikawa』クリア後の感想です。

※多少ネタバレあり

 

くにおくんインスパイア

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ゲーム開始直後、唐突に始まる多人数喧嘩バトル。

ドット絵のグラフィックとキャラ造詣は日本のゲーマーなら誰しも『くにおくん』シリーズを想起するでしょう。

このゲームを作ったのはVadim Gilyazetdinov氏(2018年当時36歳)というロシアの方で、『くにおくん』シリーズの熱烈なファン。自国のロシアでファンサイトを開設したり同人ゲームを作っていました。

その熱い想いはこのゲーム画面いっぱいに伝わってくるのですが、だからといって今作が単なる『くにおくん』を模倣したゲームかといえば、その期待は良い意味で裏切られます。

 

オープンワールド

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このゲームの宣伝文には「オープンワールド」という言葉が使われていますが、これは開発者の「箱庭ゲーム」という発言を広義の意味で翻訳したものに過ぎず、我々が連想する『GTAⅢ』以降一般的に広まったジャンルとは異なります。

熱血硬派くにおくん』(1986年)は「ベルトスクロールアクション」の始祖的ゲームですが、Vadim Gilyazetdinov氏は同ジャンルの『忍者龍剣伝』(1988年)も「箱庭ゲーム」と言っているので、おそらく広義でのシステム面を指しているのでしょう。

ただ今作をオープンワールドと定義付けすることもあながち間違ってはいなくて、プレイヤーにはほとんどの期間においての自由行動が許されており、一つの作り込まれた街の中で様々な過ごし方を選ぶことが出来ます。

喧嘩を一切せずに学校の図書室で読書をしたり、質屋の前に仲間とたむろしてカツアゲをしたり、自宅で一日中勉強することも出来ます。

Vadim Gilyazetdinov氏自身インタビューの中で「『シェンムー』シリーズのようなNPCやゲームの流れも採用しています」と発言している通り、今作はその見た目からだけでは窺い知れない多くのゲーム的な要素を内包しています。

 

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学校では授業に出ることによって成績を上げ、テストで好成績を収めると奨学金が貰えます。それ以外にも、図書館で読書をしたり、体育館では演劇が行われていたり、部活で特訓することで技を覚えたりも出来ます。

他にも1周しただけでは把握できないほど多くのイベントが存在する学校ですが「もし『ペルソナ』シリーズのようなプレイをしたいなら(私は『ペルソナ3』のファンです)、学校に行き、人々と交流し、まったく戦わないことも可能です」(Vadim Gilyazetdinov氏)…だそうです(どんだけ日本のゲーム好きなんだよ!)

Vadim Gilyazetdinov氏がどうやって日本の文化について勉強したのか詳しい過程はわかりませんが、驚くほど違和感がありません。1980年代を想定して作られているようですが、トイレでだけタバコが吸えたり屋上で仲間と卓球で遊んだり等、かなり細かい部分まで作り込まれています。ただ、タバコの値段が440円という設定が平成のリアリティで微笑ましくもあります。

 

主人公・石河倫吾のキャラクター

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当初『Ryuichi no Blues』というタイトルが付けられていたり、『くにおくん』シリーズをベースにしている今作ですが、そのストーリーに『ろくでなしブルース』や『ビーバップハイスクール』の影響はあまり見られません。

倫吾の仲間たちはプロボクサーを目指すために大学進学を考えている者やヤクザになることを決めている者、このままではだめだと突然演劇部に入る者など、同じ学校のはぐれ者同士という確かな繋がりを保ちながらもどこか皆別々の現実を見据えているような視点で描かれています。

これはおそらく『キッズ・リターン』をはじめとする北野武監督作品の影響かと思われます。Vadim Gilyazetdinov氏自身がインタビューで北野映画のファンを公言しているという事もありますが、派手な演出を抑えた淡々とした暴力シーンでの唐突なオープニングやエンディングにその影響が見て取れます。

友人が金を借りたヤクザに一緒に会いに行くシーンの、張り詰めた緊張感を漂わせたやり取りなどは、他のゲームではあまり見られない映画的センスを感じます。

 

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このゲームの根底に流れる独特の刹那感が一見かわいいドット絵で描かれたキャラクターや日常の景色にドラマ性を与え、決して多くは語らず、さりげない会話のやり取りを特別なものにしています。このストーリーテリングの巧さは他のムービー主体で説明されるゲーム作品群を一蹴する迫力と説得力を持っています。

ゲーム中に出てくる主人公以外のキャラクター達も個性的です。レンタルビデオ屋の兄ちゃんやヤクザ、アニメ好きの同級生など様々で、そういった人達と倫吾との距離感の描き方で日常的な空間にリアリティを持たせることに成功しています。

あと何故かこの世界には本がたくさん用意されていて、倫吾が一冊読み終えるたびに一行程度の感想を言うのですが、それがまた彼の個性がちゃんと表れていて面白い。

 

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主人公なのでプレイヤーの育成次第で勉強もスポーツも万能になって教師から褒められたりもするけど自分自身の中にある本質的な問いに突き当たってしまう。

 

ロシアのゲーム事情

この作品を語る上でロシアのゲーム事情は外せません。

ソ連社会主義体制が崩壊して冷戦が終わった1980年代後半、世界中では任天堂ファミリーコンピューターがゲーム業界を席巻。

長らく他国との文化交流がなかったロシアではゲームコンテンツの知的財産権を保護する法が存在せず、「Dendy」というファミコンそっくりの台湾製海賊版が売られていました。1992年頃です。これ自体は決して違法でも悪い事でもなく、ロシアにゲーム文化やマーケットの下地を作ったという事で任天堂からも公認されています。

問題はソフトで、ロシアでは日本版のファミコンのゲームが10~20作品入った詰め合わせのようなカセットが売られていて、これはそのまま日本のファミコンにも対応していたので逆輸入されて新宿の路上とかでも売られていたんですね。

だからゲームの中のテキストも翻訳されていなくて、『スーパーマリオ』のようなアクションならともかくRPGなんかはロシア人からしたら何が何だかわからないわけです。

Vadim Gilyazetdinov氏が好きな『くにおくん』シリーズもテキストが存在している作品なので「結局ゲームは一度もクリアできませんでした(あるキャラクターを追跡しなくてはいけなかったのですが、理解できませんでした)」というのだから可哀そう。

文化的停滞とは恐ろしいもので、長らく他国の文化と断絶しているとほとんど自国の映画しか見ないから「字幕を追いながら作品を見る」という事が出来ない(難しい)人ばかりになってきます。それと並行して翻訳も全く追いつかないという状況が生まれる。2013年の時点で『ドラゴンボール』の漫画が6巻までしか出ていないそうです。ドラゴンボール自体は人気があるのですが、ネットで違法にアップされた「素人による吹き替え版」が主流のようで、原作やオリジナル声優にまでは関心がまだ届かないような状態。ロシアにおける日本のサブカルチャーは「ロシア語で吹き替えされた作品」しか基本的に認識されていないようで、そういった作品は非常に限定されます。ドラゴンボールの場合は何故かゲームだけは最新のものが翻訳された状態で発売されていたりするので、もうめちゃくちゃなんですよ。

そんな中でもやはり「オタク」という人達は存在しているのですが、それは英語とインターネットに精通している少数のエリート層で、彼ら彼女らはロシアの「オタク第一世代」とされていて世界中のサブカルチャーに関する情報にアクセス出来ます。

Vadim Gilyazetdinov氏も世代的には若い方ですが、『The friends of Ringo Ishikawa』という作品から見て取れる日本文化への理解は他国の日本を扱った作品と比べても圧倒しています。ロシアのゲーム・サブカル事情を考えるともの凄い事です。

 

まとめ

ただこのロシアのちぐはぐな情報の入り方が『The friends of Ringo Ishikawa』という傑作を作ったとも言えるわけで、最初に英語を勉強してから字幕で『キッズ・リターン』などの北野作品に触れて、そのストーリーを同じ日本から来た『くにおくん』に当て嵌めて想像していたとしても何ら不思議ではありません。実際インタビューでVadim Gilyazetdinov氏は『くにおくん』について「話は勝手に想像し、この学生たちはヤ○ザなのだと信じていました」と語っています。

日本でこういったゲームを作る場合は文脈などを踏まえてヤンキー漫画なりをベースにするわけですが、今作では全くそうはなっていない。日本の文化を研究し、ドット絵によるリアルな住宅地を再現しながらストーリーにおいても映画的リアリズムを追求した『The friends of Ringo Ishikawa』は日本人の私にとっては衝撃的でした。Vadim Gilyazetdinov氏は現在新作を準備中だそうで、トレーラーを見る限りではギャングものっぽい感じで、次作も間違いなく我々の想像を超えた作品を届けてくれることでしょう。

 

 

補記

今回の記事ではVadim Gilyazetdinov氏のインタビューを下記のサイトから多く引用しましたが、ここに書いたこと以外にも面白エピソードが満載なので是非読んでみて下さい!

https://www.gamespark.jp/article/2018/05/19/80905.html

 

 ロシアのゲーム・サブカルチャー事情については下記のサイトと論文を参考にさせていただきました。

https://gigazine.net/news/20171222-how-russian-game-market-open/

http://user.keio.ac.jp/~russian/jinmon/Yonemoto-seminar.pdf

 

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